荒井さんちを訪問




「今日の放課後、荒井くんちに、お見舞いに行かないかい?」

廊下でばったり会った細田さんに、いきなりそう言われ、ぼくは面食らった。

「え、どうしてぼくが・・・」

すると細田さんは、ちょっとムッとした顔をした。

「どうしてって、君はあの会の責任者だろ?」

「そうですけど・・・」

「あの七不思議の会の翌日から、荒井くん、学校に来てないんだよ? ・・・やっぱり気になるだろ。友達なんだからさ、ね! じゃあ、今日の放課後、約束したよ」





放課後。
無理やり約束させられたぼくは、仕方なく細田さんのクラスへ向かった。入り口のところで、中にいた人たちに、声をかける。

「あのー、細田さん、いますか」

「細田? 細田なら、トイレじゃねーのか? トイレを捜してみな!」

ぎゃははは・・・、とみんなが笑った。なんだ? 細田さんて、そんなにトイレが好きなんだろうか?

「違うわよ」
と、笑いながら女子の先輩が言った。
「細田くんなら、今日、カレーを食べに行くって言ってたわ。自宅の近くにあるお店が、サービスデーだとかで・・・」

なんだって!? ぼくとの約束を忘れて、行ってしまったんだろうか。ぼくは愕然とした。しかし、今更どうしようもない。

「そうですか、どうも・・・」

とだけ言ってぼくは彼の教室を後にした。まったく、細田さんも、いい加減なんだから・・・。

ぼくは、ひとりで荒井さんちへ行くことにした。





荒井さんちは、門のある立派な家だった。

インターホンを押して、名前と来意を告げると、荒井さんによく似た陰気な顔立ちのお母さんが、満面の笑顔で転げるようにして出てきて、ちょっと怖かった。

「まあ、昭二のお友達ですか。まあまあ、どうも、よく来てくださいましたわね。さ、どうぞ、お上がりになって・・・。昭二は部屋におりますので、どうぞどうぞ」

友達が遊びにきたことが、ものすごく嬉しそうだった。
荒井さん、あまり友達がいないのかなあ・・・、
なんてことを考えながら、ぼくはお母さんについて階段をのぼり、つきあたりの部屋の前まで行った。

「昭二、お友達が見えたわよ」

お母さんがノックして声をかける。

「友達・・・? だれですか・・・」

「坂上くんて方よ」

「さかがみ・・・。ああ・・・、そうですか、どうぞ入ってください・・・」

ドアを開けると、広い部屋の中央、カーペットの上に荒井さんが座っていた。ぼくはとりあえず、あいさつをした。

「あの・・・、こんちは」

「どうも・・・」

「今、何か飲み物を持ってきますね」

荒井さんのお母さんはそう言って、出ていった。
お母さんがいなくなると、荒井さんは言った。

「坂上くん、どうしたんですか、急に」

「え、ええ、その・・・。えーと・・・。荒井さんがずっと学校を休んでいると聞いて・・・」

「・・・それで、心配になって、お見舞いにきてくれたわけですか」

「ええ、まあ・・・、そうです」

一拍おいて、荒井さんは、ニィーッと笑った。

「・・・嬉しいですよ、そうやって心配してくれるのは、坂上くんだけですからね。どうぞ、その辺に座ってください」

言われるまま、ぼくはその場に座った。 お母さんがオレンジジュースを持ってきてくれて、また出てゆくと、荒井さんは再び口を開いた。

「ちょうどよかった。ぼく、坂上くんに聞きたいことがあったんです」

「え、なんですか?」

「あの日のことです」

「・・・・・・」

「あの日・・・、ぼくは気を失いましたよね。風間さんとケンカして・・・頭を打って。それで、次に気がついたとき、ぼくは、焼却炉の前にいました」

「・・・・・・」

「教えてください。・・・だれが、ぼくを、あそこへ運ぼうと言ったんです?」

「・・・・・・」

ぼくが何も言えずにいると、荒井さんはスッとそばへ寄ってきて、ぼくの手の上に、そっと自分の手を重ねた。冷たかった。

「・・・教えてくれませんか、坂上くん」

「・・・えーと、ですね」

脂汗が出る・・・、どうしよう・・・。
あのとき焼却炉へ運ぼうと言ったのが、果たして誰だったか・・・、実は判然としない。ぼくも含め、みんな、相当混乱してたし。

ただ、言い出しっぺは風間さんだ。 それは、覚えている。でも、そんなこと言ったら、またモメるんじゃないだろうか。

どうしよう。





























1、岩下さんだと言う

2、日野さんだと言う

3、風間さんだと言う


























岩下さんだと言う

「岩下さんです」
ぼくは、そう答えていた。

なんでそんなこと言ってしまったのか、わからない。だけど、風間さん以外でそんなこと言いそうな人と言ったら、彼女くらいしか思いつかなかったのだ。

荒井さんは、びっくりしたようだった。

「・・・そうですか」

「・・・・・・」

「・・・そうだったんですか・・・。よく、打ち明けてくれましたね。ありがとう、坂上くん。本当のことを教えてくれて」

う・・・。どうしよう、荒井さん、本気にしている。でも、あんまり怒っていないみたいだ。やっぱり「風間さん」て言わなくてよかったんじゃないかな・・・。

ぼくは、とっさの判断が正しかったことに、ひそかに吐息した。

その後、荒井さんは機嫌よく、あれこれ映画のことをしゃべっていた。それから一緒にゲームをしたり、コレクションだというビデオを見せてもらったりした。

最初は荒井さんちに来るのなんかイヤだと思ったけど、結構楽しかった。帰るとき、玄関まで見送りにきてくれた彼に、ぼくは聞いた。

「荒井さん、明日は学校へ行きますよね?」

「そうですね、たぶん・・・」

その返事を聞いて、来た甲斐があったと思った。よかった、あとは記事を完成させて、日野さんに渡して・・・。あれこれ考えながら、ぼくは家路についた。綺麗な月夜だった。





その日の深夜。

ぼくはふと、寝苦しくて目が覚めた。
胸が重い。
胸をぐっと、押されているような感じがする。
金縛り・・・?
だれかが・・・、胸の上に乗っている。
だれ・・・?

闇の中でよく見えなかった目が、少しずつ暗さに慣れてゆく。

浮かび上がったのは・・・。

「い、岩下さん!?」

「だれが、荒井くんを運ぼうと言ったんですって?」

ぼくは、ドキリとした。これは・・・夢じゃない。飛び起きようとしたが、岩下さんが胸の上に乗っていて、できなかった。

「岩下さん、岩下さんじゃないですか、どうしてここに・・・」

ここはぼくの部屋だ。部屋のドアにはカギがないけど、玄関や窓の戸締りはしっかりしている。どうやって入ったんだ?

いや、それより・・・。

「あの、どうして、そのことを」

「荒井くんが電話をくれたの。坂上くんがそう言ったけど、本当ですかって」

荒井め〜! 岩下さんに直接、問い合わせるとは〜! ぼくは必死で釈明しようとした。

「あの、ですね、あれは言葉のあやといいますか」

「坂上くん・・・。わたし、あのとき、そんなこと言ってないでしょ? なのになんで、そんな嘘をつくの。わたしは嘘をつかれるのが大嫌い。そう言ったはずよ」

「岩下さん、待ってください、ぼくの話を・・・」

しかし興奮しきった岩下さんは、聞き入れてはくれなかった。

彼女は高々とカッターをふりあげた。

そして・・・、ぼくが最後に見たものは、岩下さんの顔。
紅潮しきった頬をした、美しい、岩下さんの・・・。

ゲームオーバー




























日野さんだと言う

「日野さんです」
ぼくはとっさに、そう答えていた。

もとはと言えば、あんな企画を思いついた日野さんが悪い。だから責任は、彼にとってもらおう・・・。そう思ったのだ。

しかし、荒井さんはびっくりしたように、目をぱちくりさせた。

「えっ、日野さんが? ・・・でも、あのとき、日野さんはいませんでしたよ」

「え、えーと。荒井さんが倒れたあと、日野さんが来たんです、差し入れを持って。それで、その場の状況を見て、とりあえずここから運び出した方がよかろうと言って・・・」

しどろもどろに嘘をついていると、荒井さんの顔からすっと表情が消えた。

「・・・日野さんが、ぼくを運ぼうと言ったんですか」

「そ、そうです・・・」

「そうですか・・・、日野さんがね・・・。
・・・・・・・・・・・・・本当なのか、日野」

と、荒井さんはなぜか、背後に呼びかけるように言った。

「?」と思っていると、ベッドの下から誰かが、いきおいよく飛び出してきた。
ぼくは思わず「おわあ!」と情けない声をあげながら、ひっくりかえってしまった。それは・・・、日野さん本人だった。

「とんでもございません、荒井さま! どうしてわたしがそのようなことを? 荒井さまに身も心も捧げたこのわたしを、信じてはくださらないのですか!?」

そう叫ぶと日野さんは、床に突っ伏して、わあわあ大きな声で泣きはじめた。
あまりの展開に、ぼくは声も出なかった。日野さんは、パンツしかはいていない・・・。こ、この二人は・・・。

荒井さんは腕組みをして、日野さんを見下ろしていたが、やがて優しくこう言った。

「わかった、日野。もう泣くな、おまえのことは信じている。・・・それより、あの薬、まだ持っているか」

「は、はい」

日野さんは涙をぬぐうと立ち上がり、自分の荷物のところへ行って、制服のポケットを探り始めた。そして、振り向いた日野さんが手に持っていたのは・・・、あのカプセルだった。

日野さんは、荒井さんに向けるのとはまったく違う、冷たい顔をぼくに向けた。

「坂上。よくも適当なことを言って、俺と荒井さまの仲を裂こうとしてくれたな・・・。今度の薬は、即効性だぜ・・・」

ゲームオーバー




























風間さんだと言う

 ・・・やっぱり本当のことを言おう。あのとき、荒井さんを運ぼうと言ったのは・・・。

「風間さんです」
ぼくは、そう答えていた。

しばらくの間があった。荒井さんの顔に徐々に「納得」という表情が浮かんだ。

「そうですか、やっぱり・・・」

「ごめんなさい、荒井さん、あのときぼくたちはどうかしていたんです。本当に・・・すみません」

頭を下げるぼくの両肩に手を置いて、荒井さんはぼくの顔をのぞきこんだ。

「・・・坂上くん」

「はい」

「風間さんを連れてきてくれませんか?」

「え」

「ここに・・・。お願いします」

「・・・・・・」

それもそうだな、とぼくは思った。荒井さんの要求は妥当だ。風間さんは・・・、謝らなきゃいけない。

「わかりました。明日・・・かならず」

「ありがとう、坂上くん。君は、いい人ですね・・・」





翌日、ぼくは風間さんを強引にひっぱって、荒井さんちに向かった。

「だからさ、なんでぼくが、荒井んちに行かなきゃならないわけ?」

道中、風間さんはずっとぶつぶつ文句を言っていた。

「やっぱり一度ちゃんと謝った方がいいと思うんですよ。ぼくも一緒に謝りますから・・・」

「でも、もともと悪いのは荒井の方なんだよ? 君もあの場にいたんだから、そんなことぐらい、よくわかっているだろうに」

「うーん、まあ、どっちもどっちって気がしますけどね、正直言わせてもらえれば・・・。
でもお互いこのままじゃよくないと思うんですよ、ほら、ついた」

風間さんは、荒井さんの部屋に入ったあとも、ずっと横柄な態度を取り続けていた。

荒井さんのお母さんが、オレンジジュースを持ってきてくれたときは、ニコニコしながらお愛想を言ったりしていたけど、消えるとまた横柄な口ぶりになった。

「荒井くん、君のお母さんはいい人じゃないか。あんな女性に育てられながら、その暗い性格、なんとかなんないの?」

そんなことを言いながら、オレンジジュースを飲んでいたが、少しして・・・、寝てしまった。

「風間さん? どうしたんですか」

揺さぶっても起きない。

「・・・薬が効いてきたんでしょう」

「荒井さん?」

ぼくはびっくりして荒井さんを見た。

「坂上くん、君はぼくに、謝るつもりがあるんでしょうね」

「それは・・・あります」

「それじゃあ、これで風間さんを、刺してください」

そう言って渡されたのは、銀色に光るナイフだった。

「ちょっと待ってください、荒井さん!」

「どうしたんです、坂上くん。刺せるでしょう? 本当に謝る気があるなら」

「荒井さん、やめましょうよ」

ぼくたちは、軽いつかみあいになった。
と、そのとき。
ドアがいきなり開いて、背の高い男の人が入ってきた。

「昭二、英語の辞書ちょっと貸し・・・、き、君、何をしているんだ!?」

「え、あの・・・」

男の人は、階下へ向かって叫んだ。

「母さーん、母さーん! 電話! 電話だ、早く警察を! 昭二が危ない!」

えええっ!!!

「昭二、こっちへ来るんだ! 早く!」

「兄さん・・・」と荒井さんが言った。
お兄さんなのか、あんまり似てないけど。と考える間に、荒井さんは立ち上がり、お兄さんの方へ走っていってしまった。

「荒井さん!」

「動くな!」

お兄さんは、荒井さんを背にかばい、ドアの前で立ちはだかった。

「なんてことだ・・・。昭二の友達がこんな・・・」

「ち、違いますっっ」

「じゃあ、そのナイフはなんだ!?」

「こ、これは・・・」

説明しようとしたとき、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。その音を聞いたとき、ぼくは、体中の力が抜けた。

これは誤解だ、もちろん。

でも・・・、荒井さんはちゃんと証言してくれるだろうか。

お兄さんの背後から、冷たい目でこちらを見ているあの様子だと・・・無理なんじゃないかな・・・。ぼくはその場に力なく膝をついた・・・。

これでぼくは、犯罪者なんだろうか・・・?

ゲームオーバー




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