学校であった怖い話 〜坂上修一ぶらり旅〜 前編
・・・頭上には真っ青な空が広がり、もくもくとした白い雲がゆっくりと泳いでいく。 そして、僕の髪を揺らす潮の香りを含んだ風。 「うーーーん、やっぱり気持ちいいな〜。」 思わず伸びをする。こんなに満たされた気分になったのは久しぶりだ。 そう、僕は、夏休みを利用した一人旅に出ているのだ。 事の発端は、つい二週間前。 「坂上、ちょっと」 放課後、例によって部活動にいそしむ僕の背中に、部長の日野先輩が声をかけてきた。 「何ですか、日野先輩。唐突に」 「おまえ、夏休みに何か予定入ってるか」 「あるわけないですよ、大体新聞部は各部活動の大会やらその編集作業やらで夏休みにも バッチリ活動するじゃないですか」 ため息混じりに答える。 部活動の数自体が多いこのマンモス校だ、大会やコンクールが集中する夏は特に忙しい。 そして、それは夏休み中も例外ではなかったりする・・・。 決してつまらなくはないのだけれど、さすがにつらいものがある。 「そうなんだな。そこでだ、俺は毎日残業してまで頑張ってるおまえに、いいものを用意 した」 「いいものって?」 思わず聞き返す。 「特別休暇」 「は?」 「特別休暇をやるって言ってるんだよ。家でごろごろするもよし、遊びまくるのもよし、 彼女を連れて海にでも行って、青春を謳歌するもよしだ。好きに使え」 ・・・最後のひとつは、露骨に嫌味が入っていたなぁ。 ともあれ僕は、先輩の心遣いに感謝しつつ、ありがたく休みをいただく事にした。 「新聞部の仕事の方は、俺や他の部員たちでカバーしてやるからな」 うう・・・日野先輩はいい先輩だ・・・。 こういうのを「降ってわいたような休み」というんだろうな。 僕は一週間の特別休暇の中で、前々から行ってみたいと思っていた場所へ、ぶらりと旅 をしてみる事にした。 そこは、あるひなびた田舎町。日程は一泊二日で、旅館もきちんと予約した。 きっかけは、小さな写真雑誌に載っていた一枚の写真だった。 その場所は山地と海に囲まれており、僕は、一面に広がって輝く緑と青がおりなす風景 に憧れを抱いたのだ。 しかし、ほんとにひとけがない。 コンクリートで舗装された堤防に座りながらぼんやりと考える。 砂浜があるものの人はあまり来ておらず、釣り糸をたれている人や近所の子供達らしき 人影が、はしゃぎながら駆けて行く姿がよく見える。 でも僕には、どっちかというと都会よりこういった場所の方が肌に合っているような気 がする。 静かな町の中、のんびり散歩でもしようかと腰を浮かしかけた時・・・ 「坂上君っ♪」 「うおあっ!」 いきなり背後から声をかけられ、僕はどしんとしりもちをついてしまった。 痛みをこらえて何事かと振り向く。いつのまにか、後ろに人が・・・ そこにちょこんと立っていたのは、にっこりと微笑む一人の少女。 「福沢さん?」 僕は目を見張った。 先日行われた七不思議の会で知り合った女の子、同じ一年生の福沢さんだった。 夏休みの少し前、僕は新聞部の取材の一環として七不思議の会という企画を行った。 結局、先輩のミスで6人しか集まらず、この企画は無かった事になってしまったのだけ れど・・・。 そのときの話し手のメンバー達とは今でも結構仲良くやっており、ときたま彼らは、新 聞部にまで遊びに来てくれる。 「坂上君が旅行に行くって聞いたから、ついてきちゃった。でもさ、いきなり声をかけ られたからってそんなにビックリすることはないのに」 「旅先で急に自分の名前を呼ばれたら、誰だってびっくりするよ! それに「ついてきた」って・・・、何で僕がここにいる事を知ってたの?」 「日野先輩から聞いたの。坂上君が休暇を取って旅行に行くって。場所も詳しく教えて もらった」 そういえば、先輩が旅行の事、いろいろ聞いてきたっけ。 「私、今年の夏休みどこも旅行しないからさ、ついてっちゃおうと思って」 「へえ」 「それにいい場所みたいだったし、何より坂上君と一緒の旅って面白そうじゃん」 福沢さんは大きな目をぱちくりさせ、にこにこと続ける。 「ここまで来て、僕が見つからなかったら一体どうするつもりだったの?」 「それならそれで一人で行くつもりだったよ。・・・もしかして、迷惑だった?」 そう言って、すうっと表情を曇らせる。 「そ、そんなことないよ。急だったのにはちょっと驚いたけど・・・そういう事なら、一言 言ってくれれば一緒に行けたのに」 僕は慌てて答えた。 「うん。電話でもかけようかと思ったんだけどね。いろいろあってしそびれちゃった。 ごめんね」 福沢さんの顔に笑顔が戻った。 僕らはしばらく、ここの事や今後の日程について話し合った。 「そういえば福沢さん、泊まるところはどうするの?」 「ん?まだ決まってないけど」 「それじゃ、先に宿を予約しに行こうよ。僕が泊まるのと同じ 「月路荘」(つきじそう) って旅館でいい?」 「うん。うれしいな。修学旅行みたい」 ピンク色のワンピースを着て、潮風がさらっていきそうになる麦藁帽子を必死に押さえ ながら話す福沢さんは、いつもとはまた違ったかわいらしさがあり、僕は人知れず赤く なった。 二人で堤防から腰をあげる。 ざざ…〜ん……ミャウミャウ。 波の音。うみねこの声。広い、広い海に、かすむ水平線。 海と緑がつくりあげた熱気の中を疾駆する一陣の冷気。 自然の生み出したそれらは、僕に思い思いに自分の存在を訴える。 そんなすがすがしい環境の中、僕はただ・・・固まっていた。 「ふ・・・福沢さん?」 「ん?何?」 「そ・・・その馬鹿でかいトランクは・・・一体?」 僕らが談話していた堤防のすぐ下に福沢さんがトランクを置いたというので、まずは それを取りに来たのだが・・・そこで僕らを待っていたのは、福沢さんの背丈と同じ位は あろうかという巨大なピンク色のトランクだった。 「あっ!馬鹿でかいだなんて・・・ひどーい!私はこれ、気に入ってんだからっ!」 ごめん、と謝りながら、もう一度それをしげしげと眺める。 トランクの形状自体は、確かにかわいい。角が丸くて、いかにも女の子が好みそうな デザインだ。 しかし、こうも大きいと・・・。 僕の荷物なんて、この小さいリュックひとつだけだぞ〜。 「そんなに変な目で見ないでよお。女の子はね、何かと入り用なの」 「まさか福沢さん、中学の時の修学旅行も・・・」 「うん、これで行ったよ〜」 ・・・恐ろしい娘だ。周囲の視線がはっきりと想像できる・・・。 「これで、三回ほど電車のドアに挟まれかけたけどね。ピンチだったな」 使うなよ。そんなトランク。 福沢さんはうんうん言いながら、そのトランクを運ぼうとしている。 「・・・手伝うよ」 僕はため息をつき、トランクの片端に手をかけた。 ・・・前途多難な旅行だった。 長い上り坂も終わり、後は旅館まで平坦な道が続くようだ。 思わず安堵の気持ちがこみ上げ、道端で座り込む。 「はあはあ・・・死ぬかと思った・・・」 「ごくろうさま〜」 「これ・・・中に何が入ってるの?やけに重たかったけど・・・」 「レディにそんな事を聞くのは失礼ザマス♪」 なぜに奥様口調・・・そして、なぜにそんなに元気・・・ 「ふう・・・」 焼け付くアスファルトから目をそらし、空を仰ぎ見る。 太陽は、すでにかなり高い位置にあった。 日の出前に家を出発したので、もう半日経った事になる。 「・・・と?」 空の中、視界の隅に何かがきらめく。 「・・・鳥?」 「坂上君、何か見つけたの?」 「いや、あそこになんか見えない?」 福沢さんも続いて空を見やった。二人の視線が一点で交わる。 「ほんとだ、なんか光ってるねえ。なんだろ」 それは白い光を放っていた。鳥とは思えない。 「飛行機でもないよね。もしかしたら隕石だったりして!」 謎の光球は、まるで何かを探すかのようにぐるぐると円を描いて回っている。 ・・・不意に、その動きが止まった。 「あれ?動かなくなっちゃったよ?」 まるで貼りついたように、空の一点でぴたりと静止。 「・・・」 そして、それは見る見る大きくなって・・・いや、まさか近づいてくるのか!? 針の先ほどの点が親指のつめぐらいに、野球ボールぐらいに、ついでバスケットボール 並みに膨れ上がっていく! それこそ加速度的だった。 「わあん、坂上君、変なのが落ちてくるよう!」 目の前一杯に白が広がる。 「福沢さん、逃げるんだっ!」 僕は福沢さんの手を引いて駆け出した。 しかし、福沢さんは怯えてなかなか走ろうとしない。 「ええいっ!!こうなったら」 僕は福沢さんを背におぶうと、転がるようにもと来た坂道を走り始めた。 必死に逃げる僕たち。 しかし、牙をむくように近づく光は、とうとう僕らを飲み込んだ・・・! 後編に続く・・・


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