永遠の中で


深い静寂の中・・・
僕は、ゆっくりと意識を取り戻した。
そこにあるのは、ただの闇。
その他には何も・・・ない。
一歩も歩くことができない。
指一本動かすこともできない。というよりも、動かすべき体がないのだ。
たとえ体があって動かすことができたとしても、この闇ではどのみち同じことだろう。
今の僕は、意識だけの存在だ。
すると、目の前がゆっくりゆっくりと明るくなり、あたりの様子が見えてきた。

そこは、学校の美術室だった。
向い側にある鏡を見てみると、そこには額に飾られた一枚の絵が映っている。
学生服を着ている男の絵・・・
・・・これは、僕・・・?僕は絵になってしまったのか・・・?
その時、扉が開いて誰かが入ってきた。

「まあ、ごめんなさいね。一人ぼっちにさせてしまって」
聞き覚えのあるこの声・・・
「でも、もう心配いらないわ。私、言ったでしょう?私たちは永遠に一緒だって」
・・・岩下さん。
その途端、閃光のように記憶がよみがえった。七不思議を聞いたあの日のことを。
立ち上がって僕の腕をつかむ岩下さん。
その手を振り払う僕。
青ざめた唇。そこから流れる真っ赤な血・・・
「私に恥をかかせたわね・・・許さない。あんたを呪ってやるわ」

そして、僕は何も分からなくなったのだ。

「うふふ。元気そうで良かったわ。もうこれであなたは年をとることもない。
 私を不愉快にさせることもない。ただ、何も考えずに私を愛して、わたしと
 いればいいの」
そう言って岩下さんは僕を外し、顔の前に持ってきた。瞳に映る僕は、それでも表情
を崩すことはない。彼女は目を閉じて、そっと僕を抱きしめた。

・・・かわいそうに。
あなたが私を愛していることくらい、はじめから分かっていたのよ。
あんまり私があなたの望み通りになったから、嬉しくてびっくりしちゃったのよね。
今なら分かるのよ、あなたのその不器用さが。
そんな不器用なところも私は愛しているのよ。
だけど私は、私を馬鹿にする人は許さない。
約束を守らない人は許せない。
たとえあなたであってもね。
殺してやろうかとも思ったわ。
でも、それじゃあなたがかわいそうだし、私ももっとかわいそうでしょう?
だから呪ってあげたの。あなたを絵にして、永遠に私だけのものにしてあげたの。
それが一番いい方法だと思わない?
うれしいかしら?かなしいかしら?・・・あなたが望んでいたことだもの。
あなたが思いもしなかったことだもの。でも、じきに慣れるわ。
それがあなたの本来あるべき姿なんだから。

岩下さんは歌うように話すと、もう一度僕の顔をのぞきこんでキスをした。

あの時、どうしてキスしてくれなかったの?
私たちは愛し合っている恋人同士でしょう?
私は、ただそれを教えてあげようとしただけなのに。
あなただって私を愛しているくせに。
ああ、今思い返してもあんたが憎くなってくるわ。
・・・ごめんなさい。私の方がまだ慣れてないみたいね。でも、覚えておいて。
愛と憎しみは同じものなのよ。憎しみが深い分だけ愛もまた深いの。
あなたは何も心配しないでね。また来るわ。
そう言って彼女は僕を壁にかけ、美術室から出ていった。

それが、僕の永遠の始まりだった。
扉が開いて、岩下さんが来る。僕を壁から外し、語りかけ、抱きしめる。
そして、また出て行く。
それから僕は、再び彼女が来るのを待ち続けるのだ。

彼女は、相変わらず僕を訪れる。

彼女は、相変わらず去っていく。

どこから彼女は来るのだろう。

どこへ彼女は行くのだろう。


・・・あれから、四、五年がたったらしい・・・・・・


僕は、待っている。それが僕にできる唯一のことだから。
岩下さんはもう、高校生ではなかった。それでも、僕を変わらず愛してくれる。
そして、僕もいつしか彼女をいとおしく思い始めていた。
彼女はこっちに早く来たがっていたのだが、僕はとめた。
それは、彼女を通して少しでもこの世につながりを持っていたかったという、僕の打
算もあったかもしれない。
しかし、それよりも僕は、どのような形であれ彼女に生きていて欲しかった。
人が持つ限られた時間・・・その時間を、僕の分まで彼女に幸せに過ごして欲しかった。
だから、僕は彼女が来ないようにも願った。
その方が、彼女のためにいいと思ったから。愛する彼女のために。

それでも、岩下さんは来つづけた。愛する僕のために。
それをもとめることは、僕にはできなかった。


それから何年がたったのだろう・・・


彼女の髪は白く染まり、肌のしわもくっきりと浮かび上がるようになっていた。
彼女はいつものように僕を抱きしめ、そっとささやいた。
「待っててね・・・もうすぐだから」

そう、もうすぐだ。
彼女の命が終わるのも、そう先の話ではない。
僕は今までのようにただ、待っていればいい。
僕からすればこれまでの時間だって、ほんの一瞬に過ぎないようなものなのだ。
彼女に命が終わって、完全にこちら側に来た時・・・
僕の、いや僕たちの永遠が始まるんだ。

鏡の中、変わらない表情のまま僕はそっと微笑んだ。



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