10年目であった怖い話


おい、お前らこんな時間まで何やってんだ。
どうせ残業手当なんか付かないんだから、もうとっとと帰っちまえよ。
・・・何? 七不思議なんてやってんのかよ。それも6人で。
お前ら、新入社員か? どこの部署だよ。
まあ、別にどうでもいいけどさ。
へえ、7人目が来なかったのか。
なるほど、それじゃあ俺が7人目ってわけだ。
なんだよ、その顔。いいじゃねえか、別に。
お前らだって、七不思議が聞けないとつまんねえだろ。俺も暇だし、付き合って
やるよ。


さて、と。空いてる席、座らせてもらうぜ。
・・・七不思議か、懐かしいな。
いや、実はさ、もう10年も前の話になるんだけど、俺も七不思議の会合に参加
したことがあってな。
俺の通ってた高校の旧校舎が取り壊される事になってさ。
その時に新聞部の連中が七不思議の特集を組む事になって、俺はその語り部の一
人として呼ばれたってわけさ。
その時も、どういう訳か語り部は6人しか集まらなくてな。
・・・そう言えば、あの時もこんな天気だったかな。
雨が降りそうで降らない、いやな天気さ。
しかも、やけに湿度が高くてさ、むっとした空気が肌に絡みついてくるのさ。
俺が呼ばれたのは新聞部の部室だったんだけど、もちろん冷房なんか無くてな。
閉め切った部室は、そりゃとんでもなく暑かったぜ。
でも、暑さのせいだけじゃない、妙な汗が背中を伝っててな。
きっと俺だけじゃなくて、他の連中もそうだったんだと思うぜ。
誰もそんなこと口には出して言わなかったんだけどな、わかるんだ。
あの部室には確かに嫌な空気が流れていた。
いや、あの学校には、いつもあの空気が流れていたんだ。
あの日、あの部室はその流れがやけに濃厚で、それを感じ取ったのか気分が悪そ
うにしてるやつも何人か居たよ。
・・・そういえばこの部屋も、やけに暑いな。
冷房壊れてんじゃないのか?
お前ら、汗びっしょりじゃないか。

・・・話に戻ろうか。
で、その時語り部として集まった6人の他にもう一人、俺たちの話を聞く新聞部
のやつが居たんだけどな。
そいつがまた憶病な奴でさ、ちょっと脅かしてみるとすぐに真っ青な顔になっち
まうんだ。
俺、それが面白くってさ、ついつい必要以上に驚かしちまうんだよな。あっはっ
はっは。
名前は・・・何ていったかな。
なにしろ、もう10年も前の出来事だからな、忘れちまったよ。
集まった語り部は、男が4人に女が2人。
・・・何だ、今日と同じじゃないか。
へえ、こんな偶然もあるもんだな。

七不思議は滞りも無く進んでいった。
語られた話は、結局どれも噂話の域を出ないものばっかりだったけどな。
かく言う俺も、似たようなもんなんだが。
思わず拍子抜けさ。
いや、話の内容にじゃないぜ。
それなりに怖い話もあったよ。
だってさ、こんなに部屋の中に霊気が充満してるのにさ、何も起きないんだぜ?
本当に、いつ何が起こってもおかしくない状況だったんだよ。
むしろ、何も起きない方が不思議なほどだった。
俺が拍子抜けしたのはこっちの方さ。
・・・お前ら、俺が言ってる事おかしいと思うか?俺の頭がイカれてると思うか?
なぁに、別に怒ったりしないよ。そう思われてもおかしくないのを承知で話して
るんだからな。
でもな、お前たちも、きっとあの時あの場所に居合わせたら俺と同じ事考えてた
はずだぜ。
それ程、あの日あの部室は危険な場所だったんだ。


結局、何事も無く6話目は終わり、そんな俺の心配も杞憂に終わろうとしてた。
集まった語り部は6人だったからな、これで未完の7不思議はお開きさ。
安堵の表情を浮かべてる奴さえいた。
やっぱり、皆あの空気を感じ取っていたのさ。
6話目が終わった後、皆しばらく黙ってた。
重苦しい沈黙が辺りを支配していた。
いくら静かだっていっても、近くを走る道路の騒音くらい聞こえてもよさそうだ
ろ?
それが、どういうわけか部室の時計の秒針が時を刻む音すら聞こえないんだ。
ただ単に止まってただけかもしれないんだけどな。
でもな、なんとなく確認するのも気が引けてさ。
でさ、俺、痺れを切らしちゃって。
もう帰ろうぜ、って言おうとしたんだ。
そうしたらその新聞部の奴・・・ああ、やっぱり名前が思い出せない・・・そいつが唐
突に語りだしたんだ。
学校であった怖い話をな。
俺をこの集まりに呼んだ奴の話じゃ、こいつはこの学校にまつわる怪談なんか知
らないってことだった。
もっとも、それだから俺たちが呼ばれたんだけどな。
皆も同じ事を思ってたんだろう、怪訝そうな顔でそいつの顔を見てたよ。
まあ、1つくらい知ってたのかも、って自分を納得させてそいつの話を聞くこと
にしたんだ。
そいつが話したのはこんな話だった。
・・・聞きたいか?
そうか、ここまできて聞きたくない奴なんているわけないよな、もったいぶって
悪かった。

そいつの話だと、昔うちの学校の新聞部に一人の女子生徒が居たんだと。
でさ、その女子もひょんなことから語り部を集めて七不思議を聞くことになった
んだけど、結局、その時も話をする奴が6人しか集まらなかったらしくてな。
それで、6話目が終わった後、新聞部の女子が唐突に7話目を語りだしたんだと
よ。
どこかで聞いたような話だろ?
そうさ、あの時の俺たちもまさに同じ状況だった。
でさ、その女生徒が話し終わった後、その場に居合わせた連中が皆、行方不明に
なっちまったんだとさ。
ここまで話して、そいつは俺たちに聞いてきた。
彼女たちがどうなったか知りたいですか、ってな。
ここまで話しておいて、続きを聞きたいですか、なんて馬鹿げた質問だろ?
俺、思わずむっとしてさ、早く話せよ、って怒鳴っちまった。
いくら俺でも、いつもはそんな事くらいで怒鳴ったりしないぜ。
あの時は、あの部屋に充満した空気があんまりにも重苦しくてな。
ついイライラしちまったんだ。

そして、そいつは話し出した。
そいつが一言発するたびに、部室の空気が重くなるのを感じた。
一言、また一言。そのたびに空気が重くなっていくんだ。
あまりの重さに、空気がきしんで音を立ててた。
喉の潰れた女が、金切り声を上げてるみたいだな音だったな。
頭がだんだんボーっとしてきてさ、そういえば俺を七不思議に誘ったのは誰だっ
たかな、なんて考えてた。
ああ、頬が冷たいのは、床に倒れているからだろうか。
ふと気付くと、あの金切り声みたいな音は止んでた。
「その6人は、学校に巣食う闇に飲み込まれました」


それが、俺の聞いた最後の言葉だったよ。
・・・たまたま、あの学校は居心地が良かったんだろうな。
闇ってのは、どこにでも住んでるもんさ。
逆を言えば、居心地さえ良ければ闇はどこにでも現れるんだよ。
知ってるか、この会社は事故が多いんだぜ。
従業員が多いからな、それだけ事故の量も多くなるんだろうが、それでもこの会
社は異常さ。
そんな場所には要注意だ。
闇が住み着いてる証拠だからな。
面白半分で七不思議なんてやると・・・ろくな目に遭わないぜ?
・・・・・・おい、お前らどうしてそんな所に這いつくばってるんだ?
俺の話、ちゃんと聞いてるのかよ。
そうそう、さっきの話の続きだけどな。
結局俺たち6人も、闇に飲み込まれたのさ。
10年前のあの日にさ。


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