結婚式     五年一組 岩下正樹


この間の日曜日、親戚のお姉さんの結婚式がありました。
親戚のお姉さんの名前は、明美といいます。
ぼくはふだん、明美ネエと呼んでいます。
式場は、大きなホテルの最上階にありました。
『イボガエルの間』という名前のホールで、お母さんは「なんかヘンな名前だよね」
と、何回も言っていました。
ぼくはシャンデリアがキラキラして、立派なホールだと思いました。
控え室に行くと、明美ネエが白い着物を着ていました。とても綺麗でした。
ぼくは、すぐに外へ出ました。
お母さんが向こうから来たので、「明美ネエ、白い着物を着てたよ」と言ったら、
お母さんは、「あれは白無垢というんだよ」と言いました。

披露宴の会場には、丸いテーブルがたくさん並び、花が飾られていました。
隣のテーブルで、
「カレーはないの? ぼくにはカレーを出してって、坂上くんに頼んでおいたのに!」
と、メイドさんに文句を言っている太った男の人がいました。
ぼくは結婚式でカレーが出たらヘンじゃないかな、と思いました。
しばらくすると、暗くなって、新郎新婦の入場になりました。
みんなが拍手をしました。
そして、明美ネエと、新郎の修一さんが入ってきて、奥の一段高い席につきました。
修一さんは、あまりパッとしない人で、笑顔も少ない、暗い人です。
なんで明美ネエが、あの人と結婚しようと思ったのか、ぼくにはわかりません。
ぼくがお母さんにそう言うと、お母さんはこう言いました。
「明美ちゃんは変わった子だから、ああいうまともな人に、面倒見てもらった方が
 いいんだよ」
お母さんは、明美ネエのことをいつも変わっていると言います。
でも、そんなことはありません。明美ネエは、綺麗で優しい人です。

ケーキカットになって、みんな写真を撮るために、席を立って行きました。
ぼくはカメラを持っていなかったけど、でも、そばで見たかったので前に行きました。
すると、紫色のスーツを着た男の人が、ケーキの陰にしゃがみこんでいました。
勝手にケーキをナイフで切り分けて、食べていたようです。
ぼくが呆れて見ていると、その人は笑ってごまかして、どこかへ行ってしまいました。
ケーキにナイフを入れる段になって、「ナイフが無い!」と騒ぎになりましたが、
(たぶん紫のスーツの人が、持って行ってしまったのです)
明美ネエがカッターナイフを持っていたので、それで代用して無事に済みました。
それから、食事になりました。
ぼくは苦手なナイフとフォークで悪戦苦闘しながら、ふと見ると、ホールの隅に、学生
服を着た男の人が立っていました。
高校生くらいの人でした。ぼくは、明美ネエに視線を送りました。
明美ネエも、気がついたらしく、目で応えました。
(何も言ってはダメ)
そう、ぼくと明美ネエは、ときどき霊が見えるのです。
でもそのことは、言ってはダメと明美ネエは言うのです。
ほかの人には見えないんだそうです。
その霊は、しばらくすると消えました。
それから、いろいろなスピーチや歌がありました。
まず、なんだか陰気な感じの男の人が前に出てきて、マイクに向かいました。
何を言うのかと思ったら・・・、
「相沢さん、実験を始めましょうよ!」とだけ言って、席に戻ってしまいました。
ものすごくアガッていたようです。
いろいろ歌とかがあって、最後に、振袖を着た女の人が、スピーチをしました。

「・・・わたしと岩下さんが知り合ったのは、高校のときで、新聞部の取材で、学校の
 七不思議というのをやったのですね。そのとき、岩下さんにも出席してもらって、
 いろいろお話を伺ったのです。岩下さんは、とてもお話が上手な方で、みんなが
 聞き入ってしまったものです。
 おかげで、すばらしい記事ができましたし、そのあとわたしはジャーナリストに
 なろうと決めて、勉強を始めました。まあ、言ってみれば、岩下さんがわたしの
 将来を決めてくれたみたいなものなんですね。
 えーと、それがきっかけで、そのときのメンバーで、今もずっと仲良くしている
 わけです。でも残念ながら、そのうちのひとりは、在学中に亡くなってしまいま
 した・・・。おめでたい席で、こんなこと言ってごめんなさい。
 でも、新堂さんもきっと、今日の日を祝ってくれていると思います。だって、あ
 のときのメンバーの中のふたりが結婚するんですから」
会場は大きな拍手に包まれました。
・・・さっきの霊は、そのシンドウという人かもしれないとぼくは思いました。
でも、あの霊は結構恨みを発していた・・・。
もう一度明美ネエの方を見ると、なんだか怖い顔をしていました。
隣の修一さんは、ガタガタ震えていました。

お色直しのため、退場したのですが、修一さんは今にも倒れそうでした。
ぼくのそばを通ったとき、明美ネエが小声で叱っているのが聞こえました。
「だらしないわね・・・、ばれっこないんだから、しっかりしてよ・・・」
そして、キャンドルサービスになりました。
明美ネエはお色直しで、赤いドレスを着ていました。裾の広がった、血のような色を
したドレスで、すごく似合っていました。
披露宴が終わった後、会場を出るときに、マスコットをひとつもらいました。
それはなんだか、あの紫色のスーツを着た、ケーキを勝手に食べていた、ヘンな男の
人に似ていました。
「こんなの一個1000円もするんだって」
と、お母さんが呆れたように何回も言っていました。

そのあと、ロビーで、明美ネエと少しだけ話せました。
「・・・さっき、霊がいたね」とぼくが言うと、明美ネエは薄く微笑みました。
「・・・大丈夫よ。あいつは、何もできやしないから。それより正樹、ちゃんと勉強して
 いる?」
「うん」
「ちゃんと勉強して、わたしと同じ高校へ行くのよ」
「うん、もちろんだよ」
ぼくは、明美ネエが大好きです。
これから引っ越して、少し遠くへ行ってしまうけど、でも、ずっとずっと大好きです。
とてもいい結婚式でした。

おわり!



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