恋 心
「よぉ。奇遇だな……こんな所にお前がいるとは思わなかったぜ」 「それはこっちの台詞ですよ……新堂さん」  昼下がりの図書室。書架と窓に挟まれた陽だまりで。  ――僕は、僕の想いに気付いてしまった。  新堂さんが書架に寄りかかり、苦笑いを向ける。前髪が、さらりと揺れた。 「ちげえねぇな。でもな、ここに用があるのは俺じゃねえんだよ」 「? 誰かと一緒なんですか?」 「……」  新堂さんの顔が、一瞬固まった気がした。 「ああ。福沢……じゃない、玲子とだよ」  ――つきん。 「玲子って……新堂さん、いつから福沢さんのことを下の名前で呼ぶように……?」  新堂さんの視線が僕から離れ、床へと落ちる。 「昨日からさ……俺達、付き合い始めたんだ」  ――ずきん。 「そうなんですか……。おめでとうございます」  僕の台詞に、とたんに新堂さんが渋い顔になる。 「別にめでたくねーよ……。あいつがあんまりしつこく言い寄ってくるから、俺が諦  めてやっただけだ」  ――ずきん。 「名前だって、あいつが呼べって何度も――」 「でも新堂さんの耳、真っ赤ですよ」  新堂さんの顔がさあっと赤くなる。 「るせーよ……。他の奴には言うなよ。特に日野とか」 「言いませんよ……人の噂話はしないんで」 「本当か?」 「本当ですよ。大体僕、友達もいないし」  真面目な顔をした僕の言葉を聞いた一瞬後、声を立てずに新堂さんが笑い出す。 「……っ。くくっ……。そうか、それじゃあ話せねえよなぁ」  片手で顔を隠し、体を震わせている。 「……笑い過ぎですよ」 「いや、わりぃ…っくく」 「新堂さん……」  目に涙まで浮かべている。ここまでウケられると、さすがに傷つく。 「でもな、坂上…」  と、真面目な顔に戻った新堂さんの目が、僕を射抜く。  書架から体を起こし、僕に近付いてくる。 「し……新堂さん?」  僕の呼びかけを無視し、新堂さんは僕の耳にそっと囁く。 「一応口止め、させてもらうぜ」 「!! 新堂さん!?」  首をめぐらせた僕の目の前に、新堂さんの顔があった。  ――どきん。 「し…んどうさん……」  心臓が、高い音を立てて動いている。口の中が乾いて―― (心が痛い――)  新堂さんの顔が僕から離れ、ふっと笑う。 「バーカ。何怯えてんだよ。冗談に決まってんだろーが」 「え……っ」 「じゃな。福……玲子の用事もそろそろ終わった頃だろうし」  振り返り片手を上げて、新堂さんは行ってしまった。  僕はまた、一人陽だまりの中に佇む。 「新堂さん……」  違いますよ、新堂さん。僕は怯えていたんじゃないんです。  僕は、新堂さんが――                                 おわり。


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