本当にどうしようかと考えているとき、眼前に人影が見えました。ゆっくりと、
少年に近づく大きい影がひとつ。
(!? もしかしたら買ってくれるかも!)
そう思ったら早速行動。少年は足早に、その影の方に向かいます。
急いでいけば間に合うと思った少年は、足早にその影の方に向かいます。
そして・・・
どんっ!!
もろに、その影にぶつかってしまいました。その影からは不完全燃焼した脂肪の
匂いがしました。
「イタタタタ・・・何するんだよ!」
声の調子からして、10代後半の少年の声でした。太っているせいかちょっと声
がかすれています。
太った少年は、いかにも柄の悪いボンボンといった風情でした。
「ご、ごめんなさい!」
「謝ってすむなら警察は要らないよ。それよりもキミ、結構いい靴持ってるじゃ
 ないか。よこせ!」
そう言うなりボンボンは少年を押し倒し、無理やり靴を脱がせ奪っていきました
。・・・マッチ売りの少年の靴はお世辞にもいい靴じゃありません。それに、太っ
たボンボンの足には入るはずがありません。
「あ、ちょっと、僕の靴!」
「なんかぼろい靴だね?でも返さないよ。これは僕のトイレの汚れふきに使うん
 だからね」
と、ボンボンはニヤニヤしながら少年の靴を持って走っていってしまいました。

我に帰った時には、太った少年はもういませんでした
そして少年は、倒された拍子に大切なマッチをばら撒いてしまいました。
「うみゅ〜・・・あ、マッチが・・・どうしよう」
少年は泣きながら、湿気て使い物にならないマッチを捨てました。
もうマッチを売る力は残っていません。
残るは、お姉さんから貰ったマフラー、お兄さんから貰ったジャケット、そして
いつも着ている服と、湿ってない数少ないマッチだけです。
ですが、長時間寒い空間にいると、どんな防寒具でもあまり意味がありません。
少年は、寒さのあまりうずくまってしまいました。
「ああ、今ごろみんな、おうちでおいしいご飯を食べてるんだろうなぁ」
そう考えると、少年はちょっと寂しい気持ちになりました。冷気はどんどん少年
の気力をさらっていきます。さすがにこのままではつらいと思った少年は、思わ
ず売り物のマッチに火をつけました。
「・・・暖かい」
その暖かい火を見つめると、なんと不思議。大きなストーブからきれいなクリス
マスツリーが現れました。それは、これまで見たどんなツリーよりも美しくて立
派でした。
少年がそのツリーを見上げていると、木に灯ったツリーの明かりは高く高く空に
昇って、明るい星になりました。少年がおもわず手を伸ばした時、マッチの火が
消え、灰色の冷たい壁が残りました。

少年は、もう一本・・・とマッチを擦りました。
すると今度は、おいしそうな食べ物が見えてくるではありませんか・・・もっとも
用意しているのが、緑色のオマールエビっぽい物を被ったマッチョなメイドさん
じゃなければステキな映像なのですが。
「おいしそう・・・食べたいなぁ。でも、お兄さんは一度もご馳走を食べさせてく
 れたこと無い・・・。いっつもおしるこドリンクの残りだし・・・」
そうつぶやいた瞬間、マッチの火は消えてしまいました。
その時、少年にはとある考えが浮かびました。
「・・・そうだ。どうせ売れないんだから、ノルマ分を除いたマッチを全部擦っち
 ゃおう☆そうすればもっと素敵な夢が見られるかもしれない。もしかしたら、
 昔、一緒に住んでいたポヘにも会えるかもしれない」
そんなことを考えながら、少年はマッチをできる限り擦ることにしました。

(さて、次は何が見えるのかな?)
そう思った刹那、ひとつの流れ星が長い炎の線のように流れていきました。
「ああ、今誰かが天国に行ったんだ・・・もしかして!!」
少年は急いでマッチを擦りました。
『星が一つ、流れ落ちるとき、魂が一つ、神さまのところへと引き上げられるの
 です』
そういうことを(自称じゃない方の清く正しい)神父様から聞かされていたからで
す。少年はマッチの火を弔いの炎に見立てようと思ったのです。
そして、マッチから見えた景色は・・・なんと、禁断症状で倒れているおしるこド
リンク中毒の男でした。
「!! 嫌だ! 死なないで! 今までひどいことをされたけど、あの人がいなかっ
 たら僕・・・僕! これ以上誰かとお別れしたくない!」
少年は急いでマッチを擦り続けました。そして、マッチを擦るたびに男の顔が
穏やかに、そして生命に満ちた表情をしていきました。そう、少年はマッチを
擦り続けていれば男は生きていられるのではないか。そして、自分が代わりに
天国に召されようと・・・。
そう思って少年は、自らの命を引き換えに男を助けようとしたのです。

そして、最後に擦ったマッチには光が映し出されていました。その光の中から
犬が現れました。
「・・・ポヘ?ポヘじゃないか!」
と、少年は嬉しそうに大きな声をあげました。
犬も嬉しそうに尻尾を振りながら少年の傍にやってきました。
少年は身売りされる前に、ポヘという名の犬を飼っていました。もっとも少年が
身売りされてから一年ぐらい後に亡くなりましたが、少年はそのことを知りませ
ん。
「お願いだ、僕をポヘの所に一緒に連れてって!マッチが燃えつきたら、ポヘも
 行ってしまう。あったかいストーブみたいに、おいしそうなご馳走みたいに、
 大きなクリスマスツリーみたいに、ポヘも消えてしまう!」
少年は急いで、ありったけのマッチを壁にこすりつけました。犬に、しっかり傍
にいてほしかったからです。マッチの束はとてもまばゆい光を放ち、昼の光より
も明るいほどです。
少年は横になると犬を抱きしめました。とても暖かくまるで生きているかのよう
でした。
「ポヘ・・・会えて良かったよ・・・」
犬は、少年のそばにいつまでもついていてあげました。少年は犬の感触を確かめ
るとゆっくり目を閉じました。
ふと少年は、誰かに抱き上げられたと思いましたが・・・これはきっと天使がお迎
えにきてくれたんだと安心して、再び意識を手放しました。


・・・どれくらい時間が経ったでしょうか?
「おい、しっかりしろ!」
と、力強い男性の声で少年は目を覚ましました。
そこは誰かの部屋で、少年はベッドに寝かされていました。
周りを見ると、少年にココアをくれた「アニキ」と名乗る男が、心配そうに少年
の顔を覗いていました。
「あ、あのう・・・僕は一体・・・」
なぜ自分がここにいるのか分からない少年に、アニキはこう話しました。
「俺が町を歩いていたら、こいつがお前の傍にいて離れようとしなかったんだよ
 。何か意識がなかったし、とりあえず俺の家に連れてきた、というわけだ」
少年の隣にはさっきの犬がいて、少年に尻尾をパタパタさせていました。
よく見るとポヘに似ているようですが、ポヘではありません。
少年は微笑みながら犬をやさしく撫でていましたが、気を失う前に自分がやった
ことを思い出して顔が真っ青になりました。

「・・・あ、大変・・・」
無理に起き上がろうとする少年を、アニキは制しました。
「いいから寝てろ。まだ体が冷えてるんだぞ」
そう言いながら、アニキは台所からホットミルクを持ってきました。
「・・・でも僕・・・マッチ全部ダメにしちゃった・・・このことが知られたら・・・僕・・・
 お兄さんにすっごく怒られます・・・」
「お兄さんって・・・もしかしてあのおしるこドリンク中毒の日野のことか?」
「え?どうして知ってるんですか?」
アニキからホットミルクを受け取った少年は尋ねました。少年の顔色を読み取っ
たのか、アニキはニッと笑いながら少年の頭を撫でました。
「知ってるよ。あいつは俺の患者だからな。おい!日野〜。こいつ気が付いた
 ぞー!」
アニキが向こうのドアに声をかけると、いきおいよくドアが開いて・・・

「てめぇ、とっとと起きろバカヤロウ!! 」
覚えがある怒鳴り声と共に、往復ビンタが少年を襲いました。何のことかわから
ずぼーっとしていると、そこには、おしるこドリンク中毒の男が珍しくシラフで
立っていました。
「おい!日野。患者に暴力振るってんじゃねーよ!!」
アニキがドスの効いた声で男を制しますが、男も負けていません。
「うっせー!ヤブ医者のくせに、客に対する態度がデカイんだよ!」
「誰のおかげで、安く治療が受けられるって思ってやがんだ!この甘党野郎!」
「俺とこいつに対する態度が全然違うじゃねーかよ!ムッツリスケベ!」
「こいつのほうがまだ可愛いんだよ!ドメスティックバイオレンス男!」
少年は、しばらく二人のやりとりを見ていましたが、男が口げんかできるほど
無事だとわかると、少年は思わず嬉しくて泣き、そして男にそっと寄りかかり
ました。
「良かった・・・お兄さん生きていて」
「オ、オイ、どうしたんだよ!」
少年はただ、泣くことしかできませんでした。
(ポヘが・・・奇跡を起こしてくれたのかもしれない) 
少年はそう思ってなりませんでした。
「そ、それよりなぁ、よくもマッチを全部擦ってくれたなぁ。寒かったのはわか
 ったから今回は許してやるよ。けど今度やったらタダじゃすまねぇぞ」
「・・・ハイ。ごめんなさい」
なんだかんだでやはり心配してくれたみたいです。そうわかった瞬間、余計涙が
止まりませんでした。
「後、お前の治療費もあるからな。昼はこのヤブ医者の所で働いて、夕方から
 マッチを売るんだ。わかったな?」
「・・・はい!わかりました」


そして少年は、男とアニキにこき使われながらも、充実した生活を送りました
とさ。
一応、めでたしめでたし。・・・いいのかな?これで。



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