*この作品は、椎名海桜さんのサイト『Black_Limited(閉鎖しました)』で、2001年3月まで公開されていたものです。


Put your faith in me

 

とある天気のいい日の放課後のこと。

「ない!!!」

あせる。

あせってる。

「ない!ない!!ない!!!」

新聞部の部室は荒れていた。

今、現在僕が捜し物をしているから という理由もあるけど。

何よりも明日は学校新聞の発行日だからだ。

「どうしよぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

それで許されるなら、泣いてもいい・・・と本気で思った。

「坂上?何やってんだ??」

がらがらがら、と重い扉をスライドさせて日野先輩が部室に入ってきた。

手にはコンビニの袋を持っている。

「せ、せんぱぃぃぃぃ」

床に散らばった紙の上を、ためらいもなく踏みつけてパイプ椅子に座る。

「ジュース買ってきたぜ。わかんないから手当り次第買ってきたんだけど」

即答。

「いりません」

「・・・・なんで?」

「肉塊にされそうだから」

「何言ってんだ、坂上・・・。いらないなら、いいんだけどな」

日野先輩はトマトジュースのプルタブをカシュ、と開けた。

「で?何が無くなったんだ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・原稿」

「けけけけけ!いい気味。明日までに早い所、作り直せな」

心の底から嬉しそうな日野先輩の笑顔。

言い難いなぁ・・・。

「先輩の原稿です・・・」

「・・・・・・・・・・」

「日野先輩の原稿、無くなっちゃった・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・坂上」

缶を静かにテーブルの上に置く。

様子を伺う様に、上目使いで見ていると・・・。

バキ

缶は先輩の手の中で、奇妙な形に歪んでいる。

「ひ、ひ、ひぃぃぃぃ」

「坂上、必殺仕事人ってテレビ知ってるか?」

「あ、あの人を殺しちゃうヤツ・・・?」

「そう。ちなみに この缶はお前の首の骨ね」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

ごめんなさいごめんなさい!!!!!」

日野先輩は天使の様な笑みを浮かべながら、もう一回手に力を込めた。

缶は 上と下 に分けられて 中から赤いトマトジュースがだらだらと・・・・・。

「これ、3分後のお前ね」

「ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」

涙目で懇願する。

「どーしたらいーですかっ!僕が3分後以降も生き続ける為には!」

にっこりと笑ったまま 先輩は部室の扉を指した。

「へ?」

「原稿、探してこいっ♪」

「心当たりがあるんですか?」

「ああ。実は昼休みにここで『会議』をしてたんだ。

その時、誰かが書類と一緒に間違えて原稿を持っていったかもな」

・・・・・・・・・・『会議』『書類』??

「せ、せんぱい・・・何、してたんですか・・・?」

「お前に聞く権利はない」

「はい!!・・・で、その会議には誰が・・・?」

「この前のメンバーだよ。あの七不思議の時の」

日野先輩はトマトジュースの缶をほったらかしにしたまま

オレンジジュースを飲み始めた。

「っていうと

新堂さん
荒井さん
風間さん
細田さん
岩下さん
福沢さん

・・・・・の6人ですね」

「そ」

「じゃあ聞いてきますっ!」

弾丸の様に部室を飛び出そうとした僕を 日野先輩が やっぱりにっこり呼び止めた。

「その前に部室の掃除してからな  もちろんモップもかけとけよ」

 

 

きっちりモップがけしてから、部室を飛び出した僕は6人の元へと駆けて行った。

のに・・・・。

「新堂さーん!!」

「そーいや俺 掃除当番だったっけー・・・」

「いたいた、荒井さーん!!」

「・・・・すいません、ちょっと忙いでいるので・・・」

「風間さんっ!!」

「銅像を磨く時間だな、失礼するよ」

「あ、細田さーん」

「これから、トイレの押し戸推進運動のデモに出なきゃいけないんだ」

「い、岩下さぁぁぁん」

「私、カッターの替え刃を買いに行かなきゃならないの」

「福沢さ・・・ん??」

「なーに??」

「・・・・・・・・・・・・・・良かった」

「な、なに泣いてんの!?」

無意識に涙を流していることに、気がついた。

福沢さんは、1年の教室で雑誌を読んでいた。

「やっぱり・・・最後に頼りになるのは同級生だよね・・・」

「はぁ??」

「なんでもない・・・ちょっとメランコリーな気分なだけ」

指先で涙を拭って、笑ってみる。

うーん、なかなかにクサいシーン。

「・・・坂上君、少し風間先輩に似てきたんじゃない?」

「う・・・。それはともかく・・・福沢さん、部室にあった原稿を知らない?」

「原稿?知らないよ」

「じゃ、他の5人かな」

「原稿は知らないけど・・・新聞部の部室に、部員以外の生徒がいたのは知ってる」

福沢さんが、雑誌を閉じてそう言った。

「部員以外が?」

「うん。私、お昼休みに用があって新聞部の部室に行ったんだけど・・・」

「ど、どんな人?」

「ウチの制服着た女の子。顔は見た事なかったなぁ…」

「そう・・・」

「私に気づいたら、すぐ出て行っちゃった。

もしかしたら生徒になりすました他校のスパイだったりしてね」

あっけらかんと福沢さんが言う。

ああ、原稿が戻らないと僕の命が・・・!!!

「坂上君?顔色、悪いよ??」

「え、あ、ああ…。福沢さん、その女の子ってどんな感じだった?

出来るだけ詳しく教えてくれる?」

「うん、いーよ。えーっとね、髪はショートで・・・あんな感じかな・・・?」

福沢さんが、校庭にいた女の子を指した。

「・・・・・・・・・・・・・・・って、あれそのものじゃん・・・」

「ありがとっ!!福沢さんっっ!!」

礼もおろそかに、僕は教室を飛び出した。

目指すは、校庭・・・!!

 

 

「あれ・・・?」

校庭に着いた時には、すでに女の子の姿はなかった。

校舎の周辺を探して歩くと・・・。

旧校舎の横、大きな桜の木の下に その女の子はいた。

こちらに背を向けて、桜を見上げている。

満開の季節から、半年以上が経って…

桜は葉を落とし始め、やがて来る冬に向けての準備をしている。

「あの・・・すいません」

近づいてから、女の子に声をかける。

振り向いた女の子は、知らないはずなのに・・・知っているような気にさせる子で。

「なにか?」

「あなた・・・お昼休みに新聞部の部室にいませんでした?」

女の子は、おおきな瞳をぱちくりさせて言った。

「いましたよ」

「その時・・・原稿とか持ってったり・・・?」

「しましたよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

そんなあっさりと・・・。

「あの返して頂けますか?今日中にその原稿を刷らないといけないんですよ」

何故か下手に出てしまう自分が情けない。

女の子の返事は、NO。

「ごめんなさい、あの原稿を新聞に載せて欲しくないんです」

「・・・・・・で、でも・・・・・」

僕の命がかかってるんです、という前に先を越されてしまった。

「坂上先輩ですよね?」

「へ?坂上は確かに僕ですけど・・・」

僕はまだ1年だから、『先輩』なんて呼ばれる訳ないんだけどなぁ。

「あ、まだ先輩じゃないんだ。じゃ坂上くん?かな」

「な、なんでもいいですよ」

「じゃ、先輩って呼ばせてもらいますね」

そう言ってから、彼女は僕の顔をじろじろと見た。

うう、なんだろう。

風間さんと同じタイプなのかなぁ?

「いろいろ言いたい事があったけど・・・何だか、どうでも良くなっちゃいました」

「もしかして・・・僕を探してたんですか??」

「はい。でも・・・再来年には、また会えますし」

「・・・・・・???」

「ぜーったいに!!浮気しちゃダメですよ!!」

「は、はぁ」

浮気って・・・本命もいないのに、出来るものなのかなぁ?

「原稿の、領収書の代わりに・・・これ」

普通の茶色い封筒を僕に渡す。

「他の原稿です。日野くんに渡して下さいね」

・・・・・・??先輩を『日野くん』??

いったい この子は・・・??

僕を『先輩』と言ったり、先輩を年下扱いしたり・・・。

「先輩、目を閉じてくれませんか?」

「目を??」

「はい。お願いします」

言われるままに閉じる僕。

うーん、流されてるなぁ。

それにもしかして、このシチュエーションだと彼女が僕にそっとキスを…??

うわー、うわー!!!

そんな大胆なー!!!

「あ、あの・・・」

どきどきしながら、声をかける。

「目は開けないで下さい」

「は、はいぃぃ」

「声に出して10まで数えてくれますか?そしたら目を開けていいですよ」

「いーち、にーぃ・・・」

数を数えながら、僕の心はこれから何が起こるのかという期待と

先輩にどうやって言い訳しようという心配で穏やかじゃなかった。

「きゅーう、じゅーう!!」

 

 

次の日、新聞は予定通り発行された。

見出し記事は、『この時期に咲いた 旧校舎横の桜の謎』。

評判は上々だ。

「僕もどうにか生きてられましたし、良かったですね 先輩」

「田口先輩の仕業なら、どーしようもねぇよ・・・」

机につっぷしたまま、日野先輩がボヤく。

どうやら 彼女は日野先輩の先輩らしい。

・・・にしては、僕の事を先輩って呼んだんだけど・・・ま、いいか。

「確かに同じ桜ネタなら 現実に起きてる方が面白いもんなァ」

「あれ?先輩の最初の記事も桜の話だったんですか?」

そういえば、先輩の記事は人の目に触れる事なく奪われちゃったんだっけ。

「そ。桜の木の下に、未来永劫成仏できない霊が現れるってヤツ」

「・・・・・霊?」

背筋に冷たいモノが走る。

まさか・・・

「それもどうやら、2年交代で違う霊が出るんだとさ。笑うだろ?あはははははは」

「・・・・・・・は、ははは」

まさか・・・ね?



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