学校であった怖い話
〜卒業式〜


つい、今しがた、卒業式が終わった。
私は、今日をもって、この学校を去らねばならない。
「卒業生退場」の声が響き、音楽が流れ出す。
私はいすを立ち、そして歩き出した。
これですべてが終わる。そう、終わってしまうのだ。


式が終わった後の教室。クラスメイトたちは思い思いの方法で、高校生活にピリオドを打
つ作業をしている。
サイン帳をまわし、記念写真を撮り、壁や机に名前を彫る。
みんなとても寂しそうで、楽しそうに見える。
……何がそんなにうれしいのかしら? どうしてみんな、そんなに楽しそうにしているの
かしら? この学校を去るのが、そんなにうれしいのかしら?
……私は荷物をまとめ、教室を出た。


廊下には誰もいない。まだみんな教室にいるのかしら、それとも、もう帰ってしまったの?
静かだわ。
私は階段を登ると、ある場所に向かった。
1年E組の教室。
中には誰もいないみたい。
私はドアを開けて、中に入った。
誰もいない、と言ったのは間違いだったわ。だって、あの時の私の席に、男の子が座って
いるんだもの。
その子は私に気がつくと、手を振ってくれた。
「やあ、倉田さん。来ると思っていたよ。」
「坂上君も。今日で卒業ね。」
私は彼、坂上君に近寄った。彼も立ち上がり、私のそばまできた。
「でも、行かなくちゃいけない所があるよね。」
そして、私たちは教室を出た。
静かな廊下を、二人で歩く。坂上君も私も、何も話さなかった。
行くところは決まっているわ。
私たちを待っている場所。
そう、新聞部の部室よ。

坂上君は、私の顔を見ると、ドアをノックした。
ドアを開けたのは……日野先輩だった。
「よく来たな。」
先輩は、私たちの姿を見て、少し驚いたようだった。
そうよね。
私たちが二人ともいるんですもの。先輩にとっては予想外なはずだわ。
「教室に行ったら、会えたんです。」
そう言ったのは、坂上君かしら?それとも私?
どっちでもいいわ。
「先輩、私たち、今日で卒業します。そこに入れて下さい。私たち、どうしてもそこに入
りたいんです。」
私がそう言うと、先輩は身を引いてくれた。
「ありがとうございます。」
私たちは新聞部の部室に入った。

そこに、みんながいた。
真ん中に置かれたテーブルのまわりに、新堂さん、岩下さん、荒井さん、風間さん、細田
さん、福沢さん、みんなが私たちを待っていてくれた。
「珍しいこともあるもんだな。」
新堂さんが言った。
私達はみんなの顔を見回した。
「みんな、みんな先輩が呼んでくれたんですか?」
坂上君が日野先輩に言った。先輩は首を振る。
「いや、こいつら全員、自分でここに来たんだ。おまえらに会いたくて。」
「あなたも会いたかったんでしょ?私達に。」
岩下さん、少し笑ってるわ。怖い笑みと、優しそうな笑み、悲しげな笑み、なんだか、そ
れが混ざってるような笑みだわ。
「卒業おめでとう。倉田さん、坂上君。」
細田さんは相変わらずね。
そう……私は卒業するんだわ。坂上君も。
私はこの時になって始めて、胸の奥から込み上げるものが現れた。
何か、せきたてられるようにこの部室での「思い出」があふれ出て、私は思わずしゃがみ
こんで泣き出してしまっていた。
「泣かないで。恵美ちゃん。」
「そうだよ。みんな悲しくなっちゃうじゃないか。」
福沢さんと風間さんが、私の体をゆする。
「倉田さん、卒業するからと言って、何もかもが終わってしまうわけではありませんよ」
荒井さんが言った。

それって、どういうこと?
「荒井さん、それってどういうことなんですか?」
私に変わって、坂上君が聞いてくれた。
「俺達は、いつでもここにいるってことだ。」
日野さんが答えてくれた。
私が顔を上げると、7人は私達を囲むようにして立っていた。
福沢さんが立ち上がった。
「私達、恵美ちゃんと坂上君の前からいなくなったりしないよ。」
そして、彼女はすぅっと消えた。
「だから、悲しむことなんてないさ。」
風間さんも、あの笑顔のままで消える。
「僕たち、友達だもん。当たり前じゃないか。」
細田さんが、そう言って消えた。
「僕たちは、消えませんよ。」
荒井さんも消えてしまった。
「うふふ……また会いましょうね。」
岩下さんまで。
「倉田、坂上、またいつでも来いよ。」
そして、新堂さんが消えた。

部室には、日野先輩だけが残った。
「日野先輩……。」
「終わりじゃない。ここに来ればまた始まる。終わらないんだよ。終わりなんか来ない。
ここはそう言う場所だ。」
日野さんは私達のことを見ていた。
この人は何者なのかしら…?この人だけは、常に私達を先回りしている。
この人は全てを知っている。
「日野先輩、みんな、ここにいるんですね。」
坂上君が言った。
日野先輩はうなずくと……消えてしまった。

そう。
終わらないのね。
彼がいるかぎり。
ここがあるかぎり。
私達は部室を出た。
「戻って来る?」
坂上君が、私に聞いた。
「うん。まだ知りたいことがたくさんあるわ。」
私がそう言うと、彼は目の前から消えた。ううん、私が彼の前から消えたのかしら?
どっちでもいいわ。
また戻って来ればいいのよ。
そうすれば、また会える。
彼らに。
また、始まるわ。
ここに来れば。
学校であった怖い話は、終わらないのよ。


そして恐怖は繰り返す……。
                                           終


…と、思ったけど、実はこんなこともあったりして。


〜番外編  その後の坂上君〜
…倉田さんが僕の前から消えた。いや、僕が彼女の前から消えたのかもしれない。
どっちでもいいや。
僕は家に帰ることにした。


昇降口で靴を履き替えてると、後ろから声をかけられた。
「先輩、第二ボタンください!」
振り向くと、
「あ、田口さん。」
新聞部の後輩の田口さんだった。
僕から第二ボタンをもらいに来たらしい。
「うん。いいよ。」
あげる人もいなかったし、僕は制服のボタンをちぎろうとした。すると……、
「駄目よ、坂上君。」
聞き覚えのある声がした。振り向くと…、
「さ…早苗ちゃん!」
そこにいたのは、同じ学年の元木早苗ちゃんだった。
「そのボタンは私のだよね?」
言って、にっこりと笑う。
「待って!わたしも!」
もう1人、女の子が現れた。
「ふ、く、ざ、わ、さん……。」
僕は引きつった声を上げてしまった。さっき別れたばっかりなのに…。
そして、もっと恐ろしいことが起こった。

「あら、坂上君。あなた、年上の女の人が好きなんじゃなかったの?」
こ、この声は、このしゃべり方は……。
いやだ…振り向きたくない…。
でも、その人は僕の目の前に現れてしまった。
「岩下…さん…。」
「第二ボタンをもらい忘れたのを思い出したのよ。」
そう言って、彼女は笑った。
……やっぱり、怖い…。
四人の女の子達は、僕の周りを取り囲んだ。
「坂上君?」
「君の恋人は私だよね?」
「先輩!ボタンください!」
「坂上君?うそつきは…どうなるかわかってるでしょ?」
こ…怖い…。だが次の瞬間、僕は失神するところだった。

「そう言えば、わたしもいるの。坂上君?」
1番聞きなれた声だった。なぜなら…、
倉田さんだった。
(もてもてだなぁ、坂上。ひゃっはっはっは!)
遠くで、日野先輩の声が聞こえる。
ああ……なんで僕ばっかりこんな目に……。
「いつか必ず辞めてやるぅぅーーーーーーっ!」
卒業式の終わった学校に、僕の叫びがこだました。

今度こそ、終わりです。ご愁傷様。坂上君。


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