Romancing Train

 
ノスタルジックな夜景が流れていく。何かの始まりと終わりを同時に象徴するかのように。
そんな夜景を、寂しげに見ていた人影が一つ。
「そういえば・・・彼女、どうしてるんでしょう」
呟いた言葉が寂しげに、力強く放たれる。一体誰に対する呟きなんだろうか。
答えを知っている人物はただ、窓から見える夜景を見ながらビターチョコをかじっていた。

 
彼が今回の旅行を決意したのはほんの少し前。ちょっとした傷心旅行のつもりだった。
何せ彼には好きな人がいたが・・・年が明けたと同時に海外へ行ってしまった。
その寂しさは、ほんの少しだが残っていた。
正直言って、寂しさという物を持ちつづける状態ほど気分の悪い物はない。
少しでも気分が晴れればと思い、今回の旅行を計画した。
いつぐらいがいいかとカレンダーを見たら、ちょうど試験休みが週末あたりにあった。
ちょうど連休だ。流石にこれを利用しない手は無い。
そんな訳で、荒井昭二は現在、二泊三日の寝台列車旅行に来ていた。
今日はその2日目。時刻は午前零時を過ぎたばかりだ。

「苦いですね・・・」
どっちかといえば、荒井は甘い物が好きだ。
苦い物は嫌いというほどではないがそんなに口にはしない。理由はイマイチわかっていない。
恐らく人の抱きたくない感情に似ているからだろう。
今、口にしているチョコはバレンタインに貰ったものだ。送り主は福沢玲子。
荒井は彼女が苦手だが、貰わないといろいろ言われるだろうとかんぐり、しぶしぶ受け取ったのである。 中を開けるとビターチョコだったのだ。
同封されていた手紙によれば、彼女はこういうチョコしか作れないらしい。
始めは苦笑気味だった荒井だが、最初の一口でこう確信した。
彼女は子供の恐ろしさを絵に描いたような女性なんだと。
本当はビターチョコを口にしたくなかったが、開けてしまったし、 何より売られているその他の菓子はあまり好みのものでなかったので、仕方なく口に運んでいるといったところだ。

他にチョコは・・・残念ながら貰っていない。彼の知り合いの女性にはほとんど恋人がいる。
例外は七不思議の会合に関わった岩下と福沢ぐらいだ。
岩下は坂上に惚れているが、彼も最近ハートブレイクをしたばかり。
よりによって荒井と同じ人物に。
そんな彼も最近、元木早苗という少女と親しい間柄になったらしい。
旅立つ前に彼から、彼女に義理チョコを貰えると聞かされていた。
岩下さんからはどうするかと聞かれると、とたんに血の気が引いたのは言うまでもない。
無理もない。坂上は岩下に酷い目に遭わされたのだから。

そういえば、新堂さんはどうしてるんだろうかと荒井は考えた。
年が明けてから、彼とはまだそんなに話をしていない。
彼はしっかりと遠距離恋愛を楽しんでいるのだろうか。
そして、チョコは貰ったのだろうか、と大きなお世話としかいえないことを考えていた。

「いつのまに恋のキューピットになったんでしょうね、僕」

自分を嘲笑うかのように言い聞かせる。

 
ガタン、ゴトン

 
列車が揺れている。さて、荒井はどこで降りるのか。行き先はまだ決めていない。
旅は始まったばかりだ。明日は適当にぶらつこう。そう決めて意識を手放すことにした。
汽笛が星空に残った。

 
―幕―


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