雪山遭難記(下)
・・・細田さんがむっくり身を起こして言った。 「このままだと、みんな眠っちゃうよ。眠気覚ましに・・・、怪談でもしない?」 こ、この期に及んでまだ怖い話をしようというのか。 ぼくは呆れ果てて言葉もなかった。新堂さんが、くっくっと笑う。 「いい考えだな、細田。それじゃ語り部を選べよ、坂上」 冗談じゃない、そんな気になれるものか。 ぼくはそっぽを向いた。外はあいかわらず吹雪いている。 「でも、ほんとに、何かして気を紛らわした方がいいんじゃない?」 福沢さんの発言を受けて、岩下さんが薄く微笑んだ。 「・・・そうね。それじゃあ、懺悔大会でもやらない? だって・・・、このままだと  みんな、いずれこの場所で死んでしまうかもしれない。そうでしょ?  だからその前に、心に溜めてあったことを話して、すっきりするの」 一瞬、しんとした。 でもその静けさを破って、やけに明るく福沢さんが言った。 「そうね。じゃあ、わたしから話そうかな。えーと、実はね、夏のプールの授業の  とき、泳いでいる坂上くんの足を引っ張ったのって、わたしなんだー。  なのに、瀬戸さんの仕業だとか言って、怖がらせてごめんね」 なんだって!? やっぱり、あれは、福沢さんがやったのか。 「じゃあ、次はぼく」 細田さんが、いそいそと手を挙げた。 「実はさー、坂上くん。君に飲ませたお茶があっただろ? あれねー、はっきり  言って、毒なんだよ。飲めば確実に体をむしばみ、長生きはしないんだ。  だからここで死んでも、大差ないわけだよ、君の場合。どう、安心したかい?  ぼくたちは友達だものね」 な、なんてやつだ。そんな危険なものをぼくに飲ませたなんて・・・。 ぼくが唖然としている間に、岩下さんが切り出した。 「坂上くんちに、深夜、何回も無言電話がかかったでしょ。あれ、わたしなの・・・。  ごめんなさい。でも許してくれるわよね、坂上くんは優しい人だもの。  そう言ったわよね、自分で。それにまだ、二百回しかかけてないしね」 あのしつこい電話が岩下さん? 学校では知らん顔していたくせに・・・。 と、新堂さんが。 「あのさ、坂上。大倉ってやつが、おまえのとこへ行っただろ?  あいつにおまえのことを紹介したのは俺なんだ。すまん」 あのヤクザみたいな人が、いきなりからんできたのは、新堂さんのせいだったのか。 風間さんが、前髪をかきあげながら言う。 「坂上くん、毎週水曜日に、下駄箱にラブレターが入っていただろう。実はあれ、  ぼくが書いたんだよね。なかなかうまく書けていただろう。ラベンダーの香水  までふりかけてさあ、苦労したよ、ふっふっふ」 あ、あの『水曜日のラベンダーの君』が、風間さんだったとは・・・。 「あ、あたしもまだある! 坂上くんの飲んでいた日本茶に、ココアを混ぜたのは、  わたしと早苗ちゃんでーす」 「そういえば、ぼくも坂上くんのコーヒーに、ドライアイスを混ぜたことがあった  っけなあ・・・」 「坂上くん、食堂で君が席を外した隙に、君のカレーに入っていた肉だけ拾って食  べちゃってごめんよ。でも、ぼくのには二つしか入ってなかったんだよ。  ひどいだろ、不公平だよね、ね」 「坂上くん、あなたの数学の答案用紙を、例の掲示板に貼り出したりしてごめんな  さい。とても誉められるような点数じゃないのに・・・」 「坂上。ボクシングを教えてやるなんて言って、サンドバッグ替わりにボコボコに  殴って悪かったよ」 なんだ、なんだ、なんだ。 なんか、みんな、ぼくにばかり言ってないか? ぼくはたまらなくなって、思わず叫んでいた。 「岩下さんの肖像画に、黒いリボンをかけたのはぼくだ!」 みんながしーんと黙り込む。ぼくはいきおいに乗って続けた。 「細田さんが女子トイレに入るところを写真に撮って女子に回覧したのも、  新堂さんとトランプしたときイカサマして勝ったのも、  福沢さんから借りたシャーペンで爪の垢をほじったのも、  風間さんが大切にしていたお面を焼却炉に捨てたのも、  みんな、みんな、ぼくだ! 悪かったと思います、ごめんなさい」 しばらくは、だれも口を利かなかった。 ぱちぱちと燃える焚き火が、みんなの影をゆらゆらと揺らしている。 長い、長い、沈黙。 不意に、木片が、バチンと強くはぜた。 それを合図のようにして、ゆらりと新堂さんが立ち上がった。 「・・・やっぱりな。やっぱりおまえは、そういうやつだったんだな、坂上」 福沢さんも立ち上がる。 「ひどい人! 坂上くんなんて、絶対女の子にもてないから!」 風間さんも・・・。 「まったく君は、正真正銘の困ったちゃんてやつだよな」 細田さんも立ちあがった。 「ぼ、ぼくが女の子から白い目で見られるようになったのは、君のせいだったんだ  な!それまではアイドルだったのに・・・」 最後に岩下さんが立ちあがった。 「坂上くん・・・、おしおきしてあげるわ。みんなの制裁を受けるのよ」 その台詞と同時に、山小屋の扉がバターンと大きく開いた。 「ひゃっはっはっはっは!」 また、このパターンか・・・。 まさか、この吹雪の中で、アンプル探しをさせられるんじゃないだろうな・・・。 ぼくは涙ぐみながら、深い深いため息をついた・・・。


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