*この作品は、椎名海桜さんのサイト『Black_Limited(閉鎖しました)』で、2001年3月まで公開されていたものです。


その後の、その後の学校であった怖い話 第八話

 

STORY 8:岩下 明美
〜 ラスト チャンス 〜

 

あの男を事務室から追い出した後・・・私は絵を描けず困っていた。

どうにも・・・集中できない。

窓から見える若葉の緑が、あの男の血に見えてしまうからだ。

・・・・『緑』が、嫌いになった。

「これくらいで動揺してるっていうの・・・?私が」

何故かはらただしく思い それが絵にも表れてしまう。

『はらただしい』・・・?

改めて自分の絵を見る。

さっきまでとは 別の絵になっていた。

ただの赤色でしかなかった花は 暖かみを帯びたピンクに。

冷たく感じられた町の景色は 人々の生活を匂わせていた。

「これ・・・私が描いたっていうの・・・?」

こんな嘘くさい絵・・・私が描くはずないじゃない・・・。

描けるはずないじゃない・・・!!

これは 『はらただしい』んじゃない・・・。

あの男が、私に無理矢理おしつけたもう1つの感情。

 

『●●●●』

 

力を入れすぎて、絵筆の先が荒れ曲がる。

「・・・・殺してやるわ」

呟いて キャンバスの端に目が止まった。

鮮やかなグリーンに染まっている。

「・・・・・・・・・・・・」

赤い絵の具を 直接キャンバスに絞り出し 全体に塗りつけていく。

花も 町も 大嫌いな緑色も 全て赤に染まっていく。

絵の具が切れたチューブを床に投げ捨て

赤に染まったキャンバスも床に叩きつけた。

事務室の灰色のタイル床は あの男の血の『緑』と

私が今 染めあげた『赤』で 『黄色』い絨毯が敷かれていた。

・・・・『黄色』も、嫌いになった。

「絵なんて・・・もう・・・描けないわ・・・」

全身の力が抜けて・・・・・私の身体は人形のように 黄色い床へと崩れ落ちた。

 

よく小説や何かだと

『次に気がついたのは病室だった』

とか描かれて  まず目を開けたような書き方をされる。

でも私はまず 周囲の音・声が耳に入る。

気がついても すぐに目を開かないから。

 

目を開けるのが嫌なのかも知れない。

 

目を開けるのが怖いのかも知れない。

 

私は どこかに寝かされているようだった。

この布団の固さ・・・掛け布団の重さ・・・。

学校の保健室だと思うけど どうして…?

やっぱり 私は気がついてもすぐに目を開けなかった。

まずは周囲に人がいるのか それは誰なのかを探る。

「・・・・・・・・」

私が寝ているベットの横で 誰かが座って見ている気配。

声はなく 呼吸音だけが聞こえる。

「・・・・・・・・」

やっぱり私を見ている。

女・・・いや、男・・・だわ。

「・・・岩下さん・・・」

・・・この声は・・・。

私はゆっくりと目を開いて 横に座っていた人物を確認した。

「坂上君」

「お、起きてたんですか・・・」

「いまの声で。…自分の名前には敏感なのよ」

「・・・そうですね。雑踏の中でも、自分の名前だけははっきりと聞こえたりしますし」

ゆっくりと上半身をあげる。

制服が黄色に染まっていた。

「私…事務室にいたはずなんだけど…」

その問いに、やはり丁寧語で答える坂上君。

「僕が岩下さんを探してたんです。荒井さんに聞いたら事務室だって教えてくれて」

荒井…?

どうして、私が事務室にいるって知ってたのよ。

「行ったら岩下さんが黄色い絵の具まみれで倒れてて・・・

あ、掃除は代わりにしておきましたから」

「そう。ありがとう」

「ただ、その・・・絵は、もう・・・」

「・・・・いいのよ、あれは。私がやったんだから」

ふと 坂上くんが座っているパイプ椅子の横に

紙袋が置かれていることに気がついた。

中には たくさんの封筒が入っている。

私の視線に気づいたらしく 彼はその紙袋を手に取った。

「これを岩下さんに渡すのを忘れてて学校に戻ってきたんです。

・・・岩下さん宛ての手紙。新聞部部長として確かにお預かりしていました」

「私あて…?」

「はい。どれも岩下さん宛てのファンレター

・・・いえ、ラブレターといっていいでしょうね」

「・・・・」

無言で その紙袋を睨み続けてやる。

「『いらない』なんて、言わないで下さいよ?」

「顔も見たことのない人からの手紙なんて 受け取りたくないわ」

「気持ちが わからないわけでもないんですけどね」

苦笑いしてみせて・・・坂上くんは 何も言わずに私をみつめた。

その瞳は・・・ついさっきの あの 男の瞳に似ていて・・・。

私からは何も 話しかけられない。

「岩下さん」

「・・・・・・・」

「僕がどうして すぐにこの手紙を渡さなかったか・・・わかりますか?」

「わからないわ」

「でしょうね。そう聞かれたら 僕にも答えられないでしょうし」

「・・・・・どういうこと?」

悲しげに…また、開き直ったように 彼は懐からライターを取り出した。

「コレ・・・燃やしてもいいですか?」

「構わないけど・・・あなた、本当に坂上くん?悪魔でもとりついてるんじゃない?」

「ええ。いつのまにか・・・貴女という悪魔に惚れてしまったようですね・・・」

紙袋に火をつける。

袋は 勢いよく燃え出して・・・保健室の床で灰になった。

燃えつきるまで私達は お互いに言葉を発しなかった。

発せなかった。

「気はすんだ?」

「半分。あと、半分は・・・」

こげ臭い匂いが 保健室中に広がっている。

そんな事も気にならない程 彼の視線は私を貫いた。

「2年前、言いましたよね?岩下さん・・・恋人にしてくれる?って・・・」

「あなた・・・もしかして 気づいてる の・・・?」

「僕が1年生の時、確かに3年の岩下さんに会ってるんです。

信じなくてもいいですけどね。おかしいと思うでしょう?

僕が3年になった今、また僕の目の前に3年の岩下さんがいるなんて。

・・・・まあ、それはいいんです。そこを追求しても、仕方ないでしょうから。

とにかく・・・あの時は嘘でも、怖い話の前ふりだったとしても・・・

今、いや・・・これから、改めて言ってくれればいいんです。

イヤなら その前に僕を殺したっていいんですよ?」

それから、ゆっくりとこう言った。

「でも・・・その前に、僕は殺されちゃうのかな」

「?・・・・何を言って・・・・」

いぶかしむ私。

そんな私は取り合わずに 彼は保健室の入口を睨んだ。

「盗み聞きなんて ずるいんじゃないですか?風間さん」

「気づいてたなら、早く言ってくれればいいのに・・・

顔だけじゃなく、性格も悪いんだなあ」

キィィ、と錆びた金具がきしんで扉が開いた。

「いつ入ろうか、悩んでたとこだったんだ」

「いつから・・・いたの」

「岩下が起きる前から・・・かな?」

不敵に言うと 坂上くんに向かっていつもの口調で語りかけた。

「その様子だと…あらかた、僕達の関係は知ってるだろ?」

「ええ・・・まあ」

「じゃ、君にもわかるように結論だけいってやろう」

馴れ馴れしい笑みを浮かべながら、口調は強く。

「岩下は僕のだ。もし僕から、奪い取るつもりなら」

瞬間、その瞳は妖しく光った。

「容赦しないよ」

「…風間さんと僕、どっちを岩下さんが選ぶかなんて・・・

目に見えてるじゃないですか」

それまでの勢いが目に見えて失われていく。

憂いの帯びた表情で、彼は私に微笑んでみせた。

「岩下さんを困らせるつもりも、風間さんを怒らせるつもりもなかったんです。

ただ・・・言わないといけないような気がして・・・

今しか、言えないような気がしたんです」

ごめんなさい、という言葉を息とともに吐き出して…彼は強く瞳を閉じた。

「このまま、僕はこの部屋を出ます。30、数えたら…何もかも忘れて下さいね」

「・・・ああ」

「わかったわ」

「ありがとうございます・・・いち、に、さん」

彼は、静かに、その場を去っていった。

 

「じゅういち、じゅうに」

「どうして、ずっと外にいたの?」

「じゅうさん、坂上が岩下を襲わないよーに見張るつもりでね、じゅうよん」

「どうして、入ってこなかったの?」

「じゅうご、入ろうとはしたよ、じゅうろく」

「・・・うそつき」

「じゅうしち、岩下こそ…どうして怒らないのさ、じゅうはち」

「怒る?」

「じゅうきゅう…絵、ダメにしちゃったからさ、にじゅう」

私が横になっているベットの足もとへ腰をかける。

「何、言ってるの?」

「にじゅういち、僕の血が絵に付いたから ダメにしちゃったんだろ?にじゅうに」

この男ってやつは・・・本当に・・・。

「・・・・・・・・・騙されてあげるわ」

「にじゅうさん、『何、言ってるの?』、にじゅうよん」

「…ちょっとだけ嬉しいって思ってる自分に…思わせたあんたに…騙されてあげる」

「にじゅうご、言ってることがさっぱりなんだけど、にじゅうろく」

「あんたに、こうしなさい、って言ってる…もう一人の自分に騙されてあげる」

「にじゅうしち、ん?、にじゅうはち」

「さんじゅうまで、言わせない」

カウントダウンしている口を、自分のそれで塞いでやる。

「にじゅうきゅう、んー・・・」

「・・・・・今、騙されてあげないと・・・もう二度と騙せそうにないから、ね」

 

その後・・・・

 

「で、いつまで騙されててくれるの?」

「そうね…あんたの身体に流れてる、あたしの為の血が尽きるまでかしら」

「じゃー・・・レバーでも食べようかな。岩下、一緒に焼肉屋でも行く?」

「・・・・・。自分の肉でも食べてれば・・・?」

ちきちきちきちきちきちきっ。



その後の、その後のその後の学校であった怖い話へ続く・・・>>



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