See you, my best love
 
そういえば、この能力と付き合うのも悪くないなと思ったのはいつ頃でしょうか?
生まれた頃から人の感情が聞こえる能力が備わっていた僕は、いまいち「信頼」というものを避けていた節がありました。 たまに父のところに来る役員のどす黒い野望を垣間見たり、言っていることと本音が違っていることにギャップを感じたり・・・。
正直言って泣きたいくらいでした。

しかし、そんな自分でも人並みの感情をもてるんです。
今回、エゴというフィルターを通してみるとバッドエンドに見える結末なんかもそうです。

あの七不思議の会のあと・・・ボクは何度か新聞部の取材を受けてきました。 そのとき記者をやっていたのがキーパーソンとなる人物――坂上修一君と倉田恵美さんでした。
あの二人は本当に似たもの同士です。思わず同一人物ではないかと思いましたよ。
でも、長く付き合うと違うことがわかります。坂上君は自分のことには鈍感、倉田さんは少々優し過ぎるといったところでしょうか。
しかし、よりによってボクが坂上君にライバル意識を持ち、倉田さんには恋愛感情を抱くとは思ってもみませんでしたよ。 似たもの同士の二人だったからかもしれませんね。

しかし、この恋は叶わぬも同然でした。すでに先客がいたんですから。
その先客の名前は、ひとつ上の先輩である新堂誠さん。 以前から、倉田さんが彼に好意を抱いてたのは薄々気づいていましたが・・・・・・まさかその相手に告白されたら断れないじゃないですか。
そして、あの二人は見事恋人同士になりました。
それだけなら別にいいんです。
問題は僕の心にありました。
初めて我侭でいたいと思ったんです。

「気持ちを伝えないまま終わらせるのは嫌だ。どうせフラれるなら、ちゃんとケリをつけてからにしよう」と。

最初からわかっているのに、こう思うのは我侭ですよね? でも、その我侭を成し遂げたいんです。
そのチャンスを神様(実際いないでしょうけど)は与えてくださいました。 それはもう指では数え切れなくなった新聞部の取材のときです。今回は倉田さんが取材に来たのです。
しかも二人っきりの部室。普通の男性なら少しやましい事を考えるでしょう。 ですが、僕たちにはそんな空気は邪魔なだけです。
しかし・・・。

ダマッテイテイイノカ。オシコロシタママデイイノカ。
キモチヲハケ。ソウスレバラクニナル。

自分のエゴが叫びつづけています。

「・・・どうしましたか?気分悪いなら休憩しますけど」
ああ、どうやら本気で心配しているみたいです。少し悪い事をしたのかな。
「いえ、ちょっと色々としがらみがあったものですから。それより続きをしなくていいんですか?テープがもったいないですよ」
そのとき、テレコのランプに妙な親近感を覚えた気がします。なぜだかはわかりませんが。
しばらく、取材と談話が続きました。そのときの様子は本当に和やかなものでした。 倉田さんも記者らしからぬ心情で作業に取り組んでいたようです。
 
カチッ
 
テレコの録音が終わったようです。その音はある意味始まりを告げる警笛のようでした。
「あ、テープ終わっちゃった・・・」
「まだ片面ですよね?」
「ハイ」
「それならキリがいいですし、少し休憩でもしませんか?」
「そうしましょう」
少しの間、僕たちは思い思いにこの部屋でくつろぐことにしました。 倉田さんは、さっそくA面(B面かもしれませんが)を聞いてはメモをとっているようです。 本当に生真面目な方だ。きっと新堂さんとの間柄もこんな感じなんでしょう。
一方の僕はというと、友達から借りた本を読んでいました。以前から興味があったハーレクィーンです。
最近、恋愛モノを見聞きしていないボクとしては、もう少しソッチ方面にも目を向けようと思っていたんです。 そのとき、恋愛小説マニアとも言うべき女友達に借りたんです。
確かどこまで読んでいたかな・・・。

「荒井さん、いつ位から始めますか?」
明るい、彼女の声が甘く部室に響きました。そういえば、取材が始まってからどれくらいの時間が経ったのでしょうか?
「そうですね・・・あと一分くらいしたら再開しましょう。それくらいあれば倉田さんの作業も終わりますよね?」
「あ、ありがとうございます」

そのとき、「今しかない」という声が聞こえてきました。
・・・今しかチャンスがない!すでに感づいていたのでしょう。
それならさりげなく聞いてみるしかないですね・・・。

「ところで倉田さん」
「ハイ?」
「あなた、確か最近好きな人と結ばれたんですよね?」
「え、ええ」
少し照れているようです。内心動揺しているみたいですけど。そんなに秘密にする事じゃないでしょうに。
「確か・・・新堂さんでしたっけ?彼とは上手くいってますか?」
「な な な、なんで知っているんですか!?」
「聞いたんですよ、本人から。結構照れていて可愛かったですよ」
「・・・!?」

あらら。どうやらビックリして固まっちゃったいましたね。秘密にしていたほうが独り占めできると思ってましたね。 そんなの間違いなのに。
「荒井さん・・・他の人には言わないでくれます?特に風間さんに知れたらどうなることか・・・」
「ああ、風間さんなら大丈夫です。僕、彼とは関わりたくありませんから」
これは本当のことです。僕の能力を駆使してでも訳のわからない人はあの人が初めてです。 あの人と一緒にいたらこちらの思考回路が壊れてしまう。
「でも、知られたほうがいい場合だってありますよ。後々知ったらショック受ける人だっていますし」
倉田さんはピンときていないみたいです。そりゃあそうでしょう。 幸せ絶頂の中にいる人間が不幸を連想するとしたら、自分の恋人のことくらいですから。

「あの・・・何で、突然、こんなことを言うんです?ドッキリか何かですか?」
「それでしたらもっと悪質なことをしますよ、ボクは」
「じゃあ・・・・・・理由は?」
「あなたが好きだからです、恋愛感情という意味で」

突然の告白に、僕まで戸惑ってしまいました。まぁ、普通は恋人のいる人間に告白する人なんてあまりいないでしょう。 もちろん、される人間もあまりいないでしょうけど。
「もちろん付き合えだなんて言いませんよ。単に自分の中の感情を整理したいだけなんですから」
「負け惜しみ・・・って訳じゃないですよね?」
ちょっと怯えさせてしまいましたか。 別にそういうつもりはなかったのですけど・・・やはり女性の心の動きはいまいちわかりにくいですね。
「そういうわけじゃないんですよ。単に自分が納得できなかったんです。どうして切り替えができないんだろうって。 しばらく考えていたんです、その原因について。 ずっと、"なんだろうな?"と考えているうちに、少しずつはっきりしてきたことがあるんですよ。 それは、単に諦めきれなかったんだのかもしれない。けど違う。真っ向から否定したいだけだったんだって考えたんです」

しばらくの間、気まずい空気が流れていた気がします。 こういう事を告げるのは恋する少女にとって過酷なものだったのかもしれません。
「荒井さん・・・。変ですよ。付き合うつもりもないのに告白するのって」
「そう思いますか?ボクは別に変じゃないですよ。人って何かのきっかけを欲しがりますし」
そのとき、倉田さんの心に光が差し込んできました。どうやら僕の気持ちを察してくれたみたいです。

「わかりました。で、今まで通りお付き合いしてくれるんですね」
「もちろんですよ。そう簡単に変わったら気味悪いでしょう?」
「ええ」
まだ、文句があるんですね。確かにこういう事は悪趣味かもしれません。 けど、僕だって完全にフラれるきっかけが欲しいし、人並みの恋愛を楽しみたいんです。 人間に生まれた以上、こんな贅沢をしてみたいんです。その事は、いずれわかりますよ。

この後、最初の頃と変わらない取材を続けることにしました。彼女、まだドキドキしてましたよ。 もし、あのことを彼女が知ったらどう反応するのでしょうね。今度、ちょっとした悪戯でもしてみましょうか。
 

− To be continued −
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