雪山遭難記(上)
あいかわらず、外は吹雪いている。 一寸先は闇、なにも見通せない白い闇だ。 「・・・止まないな、吹雪」 新堂さんが焚き火に木片をくべながら、そうつぶやいた。 「吹雪さえやめば、動けるんだが」 「うっうっ・・・、くすんくすん」 細田さんは、さっきからずっと泣いている。 巨体を横たえ、小屋の隅にうずくまって。 いつもは暑苦しいと感じるその体も、今は、許せるような気がする。 なんか、あったかそうに見えるからだ。 それだけ、ぼくは・・・、ぼくらは切羽詰っていた。 なんといっても、吹雪の山で遭難してしまったのだ。 だれひとり、登山の知識なんて、持ち合わせていないというのに。 そう、ぼくらは・・・、少なくともぼくは、気軽に行けるハイキングだと聞いていた。 だから、かなりの軽装で来てしまっている。 おかげで寒くてたまらない。凍死しそうだ。 荒井さんは、すでに死んでしまった。 体脂肪率八パーセントの体には、この寒さはこたえたのだろう。 ここへたどりつきはしたものの、ついさっき・・・。 ここは、山小屋。 やっと見つけて避難したものの、隙間風は厳しく、外にいるのと変わらない。 いや、やはり外よりはマシか・・・。 一応、火も起こしているし。 でも、見渡すと、みんな真っ青な顔をして、縮こまっている。 特に風間さんは、半袖のTシャツにチノパンという出で立ちだ。靴は革靴だし。 さすがにいつもの冗談も出ないみたいで、深刻な顔をして、うつむいている。 (少しは自分の行動を反省するがいいさ) ぼくは心の中で毒づいた。ああ眠い・・・。 ばしっ! うとうとしかけたそのとき、いきなり横っ面をはたかれた。 「な・・・?」 見ると、岩下さんが険しい顔をして、ぼくをにらんでいる。 「坂上くん、寝ちゃだめよ。寝たら死ぬわ」 「・・・・・・」 それはわかっている。が、ぼくは別に、熟睡していたわけじゃない。 もう少し軽くぶてないものか・・・。 それとも刺されるよりマシか・・・。 まったくこの六人と行動すると、ろくなことがないのだ。それが判っていながら、 ぼくはなぜ・・・。 最初に言い出したのは、福沢さんだった。 「わたしの友達が今度、親戚のおじさんと山登りするんだけど、みんな、一緒に  行かない?」 ぼくは、登山なんてしんどそうなことは、したくなかったので、行かないと断った。 が、当日の朝、三時に、新堂さんと風間さんが家にやってきた。 そして勝手に、寝ぼけているぼくの身支度を整え始めたのだった。 ぼくは、家族に助けを求めたが、風間さんというのが妙に大人受けのいい人で、 巧みな話術で祖母や母を丸め込み、 「山へ登るのかい? 若い人はいいねえ、修一、楽しんでおいで」と 祖母に五百円玉を小遣いとして出させ、母には人数分の弁当まで作らせてしまった。 そして、ぼくは二人に両脇を抱えられ、まるで連行されるように、電車に乗り込ま されたのだった・・・。 それでも山に来てみれば、空気は清々しく、ぼくは徐々に楽しくなっていた。 体力に自信がないわけではないし、要するに登って降りてくればいいんだから、と 思い、ついていこうと決めたのだった。 しかし。 まず、肝心の福沢さんの友達のおじさん、という人がいなくなってしまった。 山に慣れていないぼくたちのことなど少しも考えず、どんどん先に行ってしまうのだ。 ほとんど小走りのような感じで。 ぼくをはじめ、みんな山を駆け登るなんて芸当はできない。 「待って、待ってよ、哲夫おじさん!」 そう言いながら、必死で後を追っていった福沢さんの友達も、やがて姿が見えなく なってしまった。 そしてぼくたちは道を間違え、その間に山の天気はみるみる変わり、あげく吹雪で ある・・・。 ばちん! 今度は反対側の頬を叩かれた。 見ると・・・、福沢さんだった。 「坂上くん、寝たら死んじゃうよ」 「・・・・・・」 でも、頭の芯がもうクラクラする。本当に眠いのだ。 このまま眠れたら、どんなに気持ちがいいだろう。 と、細田さんがむっくり身を起こして言った。 「このままだと、みんな眠っちゃうよ。眠気覚ましに・・・、怪談でもしない?」 続く・・・


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